昨日は帰りに一人でヘルタースケルターを見に行ってました。

初めて映画化を知った時から楽しみにしていた映画だったのですが、

映画自体とても久しぶりで。



かなりわくわくしながら、最後列のど真ん中をゲット。

一人映画をする時は此処が空いてたら絶対に此処。




蜷川実花さんの写真は前から好きで。

写真というより、写真を使ったデザインのような。

私は蜷川実花さんの作品は写真というイメージでなぜか見れない。



ただ、とにかく蜷川実花さんの色彩感覚に惚れ込んでいて、

高知にも個展が来てたのだけど、その時も衝撃的で。

目が奪われる、っていうより、乗っ取られる感覚。



それが映像にも反映される、蜷川実花さん監督の映画。

前作『さくらん』に惚れこんでいた私は、期待しかなかった。



元々、感覚的に支配されるのが好きな私は

「よくわからないけど、すごい!」ってものが大好きで、

とてつもなくドキドキするし、興奮する。



そのためには少しも邪魔するものがあってはいけない。

展示でさえ、周りの他のお客さんがいるだけで、

もうそれは支配には及ばない。

私は「此処で見ている」ってことが分かってしまう。

作品と他者の関係になってしまう。



映画館はとなりの人の存在が少しわかりにくくなる。

音に包まれ、目の前には大きなスクリーン。

支配支配支配支配支配支配支配支配支配支配支配支配



そしてキャストの顔ぶれ。

沢尻エリカさん、大森南朋さん、桃井かおりさん、窪塚洋介さん…

ほんとにキャストにスキがないというかなんというか。

ただ私の好みっていうだけなんだけど、

私にとってほんとベストすぎる。



沢尻エリカさんが色々あって非難されてた時は、

不器用なのかな、せっかく演技力も顔も好きなのに

消えたらどうしようーーーーとか考えてました。



他の方々も全々違和感なく話に引きこまれたので、大満足。



とにかく今回は蜷川実花さんと沢尻エリカさんの二人の力に

すごく期待してました。



ま、前置き長い・・・・・



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※此処からネタバレ含みます



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最後の方の渋谷のビルが写ってタイガーリリィの話をするシーン。

あそこで涙が出た。理由は不明。



カナシイよりもコワイ、だったかもしれない。



結局彼女は期待されることで生きていた人。

だけど人は大抵そうなんじゃなかろうか。

期待されるということが、存在価値のひとつになってしまう。

(そうじゃない人も当然いるだろうけれども)



私自身、期待に縛られてるといっても過言ではない。

期待に応えたい、という気持ちと、自分の好きに生きる。

この二つが自分の中で葛藤するのをよく見かける。



化粧の事をドラッグみたいなもんと言うシーンがあるのだが、

期待、褒め言葉、それこそ、ドラッグなんだろうな、と。

一度もらったからこそ、なくなった時の喪失感でさらに服用しようと無理をする。

しかし、無理はいつか支障をきたす。



ヘルタースケルター、はっちゃかめっちゃか。



ヘルタースケルターの主役は、売れっ子モデル。

一般の人には想像もつかない生活の人だろう。

私も当然の如く、想像がつかない。



だけど、ヘルタースケルターに出てくるりりこは、

誰しもの中に存在しているのだと思った。



この映画もさくらんにも、濡れ場がよく出てくる。

結合部分を小道具でちょうど見えないようにしたり、

かなりギリギリまで表現している。



食欲、睡眠欲、性欲、三大欲求のうち、

性欲だけが隠されてしまう作品がどうしても多い。



その中でダイレクトな表現を見ると、

主人公の脳にアクセスしている感覚になる。

普段日常では隠されてるもの。それを垣間見る。

それ自体がなんともエロい。



駄目だ、支離滅裂になってきた。

実は今とてつもなく眠い。



この映画は私にとってはかなり良作で、

見た後、自分のこと、色んなことを考えた。

なのに、今書いてていまいちピンとこない。

眠いからだろうか。ヘルタースケルターマジック。



いや、それにしても眠い。こまった。